センターからひとこと

(当センターの所長、次長、各技術センター所長等が順に執筆します。)
今月は 水産技術センター所長 反田 實 が執筆しました。

水産技術センターの大きな仕事の一つに海洋観測があります。
 海洋観測の目的は、海の環境を定期的に調べ、漁業の豊凶の予測や赤潮発生の監視、養殖業者へ情報を提供することなどにあります。また、長期にわたるモニタリングデータは海洋で起こる様々な生物現象の解析に不可欠なものとなっています。当所の前身である県立水産試験場が設立されたのは大正13年ですが、大正14年3月には播磨灘で最初の海洋観測が行われています。以後、途中には戦争の影響による6年近い空白がありますが、現在まで約85年間にわたり営々と観測が続けられています。

最初の観測地点数は播磨灘の10地点だけでしたが、現在では大阪湾、播磨灘、紀伊水道の40地点で毎月1回の定期観測が行われています。また、これとは別に赤潮の発生時期である夏場には毎週1回、ノリ養殖時期には10日に1回程度の頻度で観測を行い、漁業者や県民に最新の海洋観測情報を提供しています。

さらに、昭和40年代後半までの観測項目は水温、塩分といった基本的な項目だけでしたが、赤潮が頻発し、海の富栄養化が問題として取り上げられるようになった昭和40年代後半からは、海水を採取し実験室でチッソやリンなどの海水中の栄養塩類の分析のほか、顕微鏡を覗いてプランクトンの種類やその数も分析するようになりました。このように海洋観測は陸上の気象観測のような性格を持っていますが、陸上と違い相手は海なので、多くの労力と費用がかかります。海洋観測は調査船がなくてはできません。

海洋観測地点

現在、当センターでは5代目の調査船「新ひょうご」が就航しています。
 「新ひょうご」は平成17年1月に竣工した総トン数47トンの瀬戸内海では最新鋭の漁業環境調査船です。ドップラー流向流速計や海洋データ処理システムなど最新の航海・観測機器を搭載し28.8ノットで航行することができます。この最新鋭船の就航によって、より迅速で正確な海洋観測情報が提供できるようになりました。

漁業環境調査船「新ひょうご」

続いてこのような海洋観測で得られた成果の一部を紹介したいと思います。
 まずはノリ養殖への情報提供です。ノリ養殖にとって栄養となる海水中のチッソやリン濃度の情報は重要です。特にチッソ濃度が低いと「色落ちノリ」と言って、品質の悪いノリしか採れません。海洋観測で得られたチッソ濃度の情報は、予測も加味していち早く漁業者に提供されます。漁業者はその情報をもとに、早めの刈り取りを行うなど、色落ち被害を最小限に食い止めるための処置をします。次に、長期のモニタリングの成果を紹介します。以前に比べ最近の海はきれいになってきました。一方で、漁獲量は減少の一途をたどっています。このような現状から、きれいになってきたのは良いが、海の生産力つまり豊かさが失われてきたのではないかという懸念が叫ばれるようになってきました。そして、モニタリングデータの解析からも海のチッソ濃度が近年低下してきていることが明らかとなりました。

現在、瀬戸内海の水質環境の行く末について、環境保全と豊かさのバランスをどのように取るのかが大きい論議のテーマとなってきています。また、植物プランクトンの長期のモニタリングデータから、1980年代に植物プランクトンの種類が大きく変わったこと、また最近年においてもその種類が変化してきていることが明らかになりました。このような植物プランクトンの種類の変化が、水質環境にどのような影響を与えているのかは今後の大きな研究テーマです。さらに、最近は地球温暖化の問題が様々に取り上げられていますが、当所の海洋観測結果からも海水温の上昇が明らかにされています。この水温上昇が今後の海の生態系や漁業にどのような影響を与えるかも大きな課題です。

このように、海洋観測から得られたデータは短期的および長期的課題の様々な場面で有効に活用されています。特に長期的なデータとそれに基づく解析結果は将来の施策決定に重要な役割を果たします。当センターはこのような海洋観測の重要性を認識し、今後も長期的視点から観測を継続していくこととしています。