センターからひとこと

(当センターの所長、次長、各技術センター所長等が順に執筆します。)
今月は 水産技術センター所長 反田 實 が執筆しました。

今回は水産技術センターが毎年2月に発表しているイカナゴの漁況予報について紹介します。

皆さんはイカナゴのことを「くぎ煮」の材料として良くご存じではないかと思います。実はこのイカナゴ、一風変わった生態を持っているのですが、そのことは一般には意外に知られていません。そこで、漁況予報を紹介する前にその生態について簡単に述べます。

イカナゴの親は12月の終わりから1月の初め頃に明石海峡近辺など、潮通しが良くきれいな砂地の海底に卵を産みます。10日ほどでふ化した仔魚は体長4mmぐらいの大きさで、海中を漂いながら動物プランクトンを食べて大きくなり、2ヵ月も経つと全長3cmぐらいに成長します。ちょうどこの頃からイカナゴのシンコ漁(イカナゴの稚魚・幼魚を当地ではシンコと呼びます)が始まり、「くぎ煮」の材料として店頭に並ぶようになります。漁獲を免れたイカナゴは餌を食べてどんどん大きくなりますが、水温が上昇し、全長が8cmを超えるようになると砂の中に潜ってしまいます。これを夏眠と言います。先ほど一風変わったイカナゴの生態と言いましたが、それが夏眠です。

夏眠に入るのは6~7月頃で、木枯らしが吹き始める12月まで続きます。この間5~6ヵ月ありますが餌は摂りません。その分、夏眠に入る前に餌をたくさん食べて、体に十分なエネルギーを蓄えます。夏眠は高水温から身を守るための行動ですが、もう1つ重要な意義があります。夏眠中にお腹の中の卵が大きくなり成熟するのです。夏眠から覚めて泳ぎ始める頃にはすでに産卵間近な状態になっています。このようにイカナゴは早熟で、生後1年で親となります。寿命は4~5歳と推定されます。

続いてイカナゴの漁況予報について紹介します。イカナゴ漁の解禁日は毎年3月初旬前後ですが、予報はそれに先立つ2月10日前後に新聞や当水産技術センターのホームページで発表します。予報を出すための調査は前年の11月から始まります。11月から産卵が終了するまでの間は特殊な漁具(「文鎮こぎ」と言います)を使って親魚の量や産卵状況を調査します。卵がふ化して以後は仔稚魚の発生量や分布状態を調べます。仔稚魚の採集は調査船からプランクトンネットを曳いて行います。そして、これらの調査結果とその年の水温や気象条件を加味して好不漁や成長の良し悪しを推測し、予報文を作成するのです。生物に関する予測ですので当たらないこともありますが、漁業者の皆さんはその年の予報がどうなるのか、非常に強い関心を持って見ています。

次に、イカナゴの解禁や終漁について紹介します。イカナゴの解禁は3月初旬頃と言いましたが、あらかじめ日が決まっているわけではなく、その年の稚魚の発生量や成長によって変化します。解禁より少し前、2月の中、下旬に漁業者による試験操業が行われます。試験操業日はその少し前に発表されるイカナゴ予報を参考に決められます。試験操業の目的はシンコの成長や漁獲量を確認して適切な解禁日を決定することにあります。イカナゴが小さすぎる段階で解禁してしまうと、網目から抜け出て死亡してしまうなど、不合理な漁獲によって資源に大きいダメージを与えてしまうからです。試験操業は大阪府と共同で行います。試験操業で漁獲されたシンコはそれぞれの水産技術センターに持ち込まれ研究員が測定して適切な解禁日案を漁業者に提案します。この提案を元に漁業者が解禁日を決定するのです。続いて、終漁日の決定ですが、先に紹介したようにイカナゴは満1歳で成熟して産卵するので、シンコを獲り残して次の親を確保することは資源管理において最も重要です。このため、水産技術センターでは漁期中、シンコの獲れ具合をずっとモニターしあるレベル以下となったと判断した段階で、終漁を協議すべき時期に来たことを漁業者に伝えます。これを契機に漁業者の皆さんが協議し終漁日が決定されます。

以上紹介しましたように、イカナゴの漁況予報は好不漁の予測にとどまらず、イカナゴ資源管理の出発点でもあり非常に重要です。このため、水産技術センターでは、新たな手法の導入など予測精度の向上に引き続き努めていきます。

最後に、生態で紹介したようにイカナゴは夏眠ができるきれいな砂地が無ければ再生産を維持できません。かつて瀬戸内海では大量の海砂が採取されイカナゴ資源は大きいダメージを受けました。イカナゴは漁業の対象であるだけでなく、サワラやトラフグ、メバルなど多くの魚の餌となる重要な生物です。したがって、イカナゴ資源の維持は漁業生産を支える重要な鍵であると言っても良いでしょう。幸い瀬戸内海の海砂採取は平成18年にほぼ終了しましたが、漁場環境の保全は今後も水産技術センターの最も重要な業務であると考えています。

左:文鎮こぎによるイカナゴ親魚調査、右:イカナゴが砂に潜っている様子。夏眠の時は体全体が砂の中に入ります。