センターからひとこと

(当センターの所長、次長、各技術センター所長等が順に執筆します。)
今月は 水産技術センター所長 山村 雅雄 が執筆しました。

「90年の歴史」

本年4月に水産技術センター所長に着任しました山村雅雄と申します。よろしくお願いいたします。

当水産技術センターの前身である「水産試験場」は、大正13年4月に県庁内に仮事務所を置き、1年をかけて施設の新築整備を行い、大正14年4月から明石市船町で業務を開始しました。

本年は、県庁内に事務所を置いてから、ちょうど90年目に当たる年です。

しかし、大正13年に整備した庁舎は、昭和20年7月の空襲により焼失、戦後間もない昭和23年4月に同じ場所に再建、その後、昭和43年4月の明石市中崎への移転を経て、平成4年4月に4代目の庁舎が、明石市二見町南二見の地に整備され、現在に至っています。

日本は四方を海に囲まれ、水産先進国として多くの試験研究が行われてきましたが、地方自治体の試験研究機関として水産試験場は水産業の振興に大きな役割を担ってきました。特に、沿岸部の定置観測は、水産の試験研究の基本データとして現在に至るまで営々と蓄積・活用し続けられていますが、個々の試験研究テーマでも、昭和初期から戦前期までの「漁具・漁法の改良」や「漁場開発」、戦後の食糧難の時代では「漁獲技術改良による増産」や「食料としての加工・保存」等時代を反映するものとなっていました。以降、高度経済成長の時代に入り、臨海部の工業化・都市化が進み、それに呼応するように試験研究のテーマとして「漁場環境の監視」や「つくり育てる漁業を支える増養殖の技術開発」に取り組むようになり、さらに、今後も時代により変化し続けていくことになります。

また、現在の水産技術センターが整備されるときに合わせ漁業研修館が整備され、その研修館には、毎年5~8千人の小学生が勉強にやってきます。研修館整備後すでに20年を超えていますので、延べ10万人を超える小学生が、この二見の地で栽培漁業や海・魚について学んで帰ったことになります。

いつの日か「私は小学生の時に兵庫県の水産技術センター行って海や魚に興味を持ちました。これがきっかけで今も海や魚に関わる仕事をしています。」そんな人が技術センターを訪ねて来られないかなと楽しみに待っています。

これまでの90年間の試験研究、子供たちへの20年間の研修。どちらも先人の労苦と努力なしには継続してこられなかったと思います。この時代の一員として、流れを途切れさせることなく次世代につなげていければと思います。

最近、水産技術センターでは、子供たちだけでなく、大人の方にも興味を持っていただけるような見学コースも用意しています。

是非、一度水産技術センターにお越しください。

戦災で焼失した初代の水産試験場庁舎(大正14~昭和20:明石市船町)