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センター雑感

当センターの各部署が順に担当して、季節の風景や出来事など様々な話題を紹介します。
今月は農業技術センター 農産園芸部 課長 西野勝が担当します。

淡路農業技術センター、農業技術センターの両センターで主に露地野菜の栽培担当として勤務した経験から、露地秋冬野菜の作型と気象条件の関係について、植物生理の観点も含めて少し整理してみたいと思います。

作物の生長は光合成による乾物生産が基本となりますが、光合成を含むすべての生理代謝の課程において、温度が大きく影響します。施設栽培のように人為的に環境制御できない露地野菜では、その地域の気象要因、とりわけ温度が栽培時期を限定する要因となります。

作物が最もよく生育する温度を生育適温といいます。植物生理的にいえば、「光合成が最も盛んに行われ、転流がスムーズに進み、夜間の呼吸消耗が最も少なく、順調に生育し、収量を最も多くする温度」ということになります。一方、盛夏期の高温や厳寒期の低温により生育を停止する温度を生育限界温度といい、この状態が長く続くと、まともな収穫は期待できません。季節が移る中、栽培期間のすべてを生育適温下で過ごすことはできないため、できる限り生育適温の期間が長くとれるように、地域の気象条件に応じて播種や定植時期、いわゆる作型が設定されます。

一般に作物の生育に対する温度の反応は、1日の最高、最低といった瞬間的なものではなく、1週間~10日といった期間での平均温度に影響を受けます。多少寒い日が続いても、次の週に暖かい日が続けば、期間の平均温度としては大きく変わらず、すなわち、ある期間の積算温度が一定以上あれば、生育は進んでいきます。ただし、この考え方は、作物が生育可能な温度範囲において有効で、生育限度温度を超えた高温や低温の条件では、種々の障害の発生により不調をきたし、生育が取り戻せないことがあります。

図に淡路(洲本)と当センター(加西)の気温データを示しました。

   

年間の平均気温は、淡路15.5℃、当センター14.3℃とわずか1℃の差です。しかし、季節ごとに比べると、加西の夏は暑く、秋には昼夜の寒暖差が大きいこと、そして、冬の冷え込みがとても厳しいことなど随分と違いがあることがわかります。淡路を中心に県下で栽培が多い、レタス、ハクサイ、ブロッコリー、キャベツなど秋冬野菜の生育適温は概ね15~20℃、生育限界温度は5℃以下といわれています。生育適温にあたる時期は、加西が9月下旬~10月下旬、淡路が10月上旬~11月上旬で加西が1旬早い時期となります。さらに、生育限界温度となる5℃以下の日が淡路ではほとんど観測されないのに対し、加西では12月下旬~2月中旬の長期間続き、毎朝のように霜が降りて凍結している様子が観察されます。淡路に比べ、加西では、この冬季の低温が栽培においての最大のネックとなります。

淡路を代表する産品のレタスは、冬場はマルチやトンネルによる保温も行いますが、11~5月の間、連続して出荷が続きます。実際に当地でレタスを栽培してみると、8月下旬~9月中旬に定植し、12月中旬までに収穫する作型では良品が生産できます。特に8月下旬に定植する早期の作型では、秋の夜間気温の低下が早いためか、難なく大玉で良質なレタスを栽培することができます。しかし、12月下旬以降、霜が降り始めると、凍結による障害で結球部が腐敗し、べたがけやトンネルで保温を行っても商品にはなりません。淡路をはじめとした厳寒期のレタス生産が全国的にも温暖地に限られている理由がわかります。

ハクサイについても、淡路では10月上旬までに定植を行えば、外葉で球を保護する結束作業は必要なものの、冬の間もゆっくりと生育が進み、2月には緑色の濃い良質なハクサイが収穫できます。しかし、当地では、厳寒期に入ると外葉が黄化し、凍霜害によって球の表面が傷み、年を越しての良品生産はできません。なお、低温下で葉が黄化する現象はよく観察されます。光合成には、光を化学的なエネルギーに変換する「光エネルギー変換反応」とCO2を酵素の触媒によって固定する「CO2固定反応」といわれる大きく2つの反応があります。低温によって酵素の働きが鈍り、CO2固定反応が滞ると、光エネルギー変換反応で過剰となったエネルギーが活性酸素を生み出し、光合成に関連するタンパク質や色素を破壊し、緑色が失われます。「光阻害」という現象で、低温や乾燥といったストレスが複合的に加わると、光そのものが障害を引き起こす原因になります。

ブロッコリーも9月上旬までに定植すれば、当地でも年内~年明けには良品生産が可能ですが、品種によっては、花蕾表面が紫色に着色するアントシアン(写真1)が問題となります。

   
写真1 アントシアンが着色したブロッコリー(左)と着色していないブロッコリー(右)

抗酸化作用のあるアントシアンも、光阻害によって起こる活性酸素の影響を軽減するために生成されます。紫色のブロッコリーは、見た目に劣り、市場で敬遠されますが、調理すれば何の問題もありません。冬の寒さに耐え、機能性成分を蓄えた野菜とみればその価値が上がるでしょう。

キャベツは、当地で唯一、秋~春にかけて連続して栽培出荷できる品目です。年内に結球を終えたキャベツは、年明け以降、やはり霜による凍結害で球の表面に障害(写真2)を受けますが、耐寒性、低温肥大性の強い寒玉系の品種を選び、9月上旬までに定植すれば、じっくりと肥大が進み、2~3月に収穫が可能です。

   
写真2 凍害により球の表面が一部脱水したキャベツ

冬の寒さをしのいで甘みを増したキャベツは絶品です。低温下で育つ秋冬野菜には、光合成産物のショ糖などを細胞に蓄積し、浸透圧を高めることで細胞の凍結を防ぐ仕組みが備えられています。遺伝子の発現が関与する複雑な耐凍性の仕組みですが、低温によって生長と呼吸が抑制され、光合成で生産された糖の転流先がなくなることで細胞内に糖が蓄積する、と考えれば光合成との関係を簡単にイメージできるかもしれません。低温下では、糖以外にビタミンCも増加することが知られています。ビタミンCは、糖を前駆物質として作られるため、野菜の中の糖とビタミンC含量の間には相関があります。そして、光合成の課程で発生する有害な過酸化水素を無害化する役割を果たしています。

地域の気象条件の違いから、改めて適地適作の重要性を痛感しています。