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センター雑感

当センターの各部署が順に担当して、季節の風景や出来事など様々な話題を紹介します。
今月は 農業技術センター 病害虫部 課長 望月 証 が担当します。

病害虫防除所の1日

さて、この試験研究機関である総合センターの病害虫部に、「病害虫防除所」という行政機関が併設されていることはご存じでしょうか。病害虫防除所(以下、「防除所」)は、植物防疫法に基づき都道府県に設置され、通常行政的な業務を行う機関として位置づけられています。ですので、病害虫部は、職員が研究職と防除所職員(行政職)の2つの職種をこなしている珍しい職場です。業務については、これまでの雑感の中で紹介がありましたが、その日常はあまり知られていませんので、11月下旬のある1日をご紹介します。

この時期になると、害虫防除所と病害虫部の業務は一度区切りを迎えます。昨日からY氏は県外に出張しています。水稲を中心として春から秋の栽培を終えて、この時期は病害虫発生結果や農薬の受託試験結果等の検討会、担当者会議を実施することが多いのです。会議では国や他府県と議論を交わしていることと思います。明日には報告があるでしょう。 晩秋の朝、ヒヨドリのさえずりが聞こえて遠くの朝霧がゆっくりと消えていき、草の露を反射した柔らかな光が一面に広がっています。

朝、7時過ぎ、淡路に調査に行くK氏が元気よく公用車のカギを取りに来ました。I氏、F氏と一緒に淡路へ出張するようです。県下では加西市1か所しかない病害虫防除所の職員は、淡路や但馬での調査もここから行きます。淡路島南部はレタス、タマネギを中心に秋から春に向けて露地の畑作が農業の中心となっていますので、この時期は特に淡路への出張が多くなります。現場まで移動時間が約2時間かかりますので、作業時間や調査時間を確保するため、早い時間に出発することが多いのです。たいていは研究業務と発生予察の方を兼ねて出張します。

   
「農林水産省HP」より

防除所の仕事の一つとして病害虫の発生予察という業務があります。発生予察とは、季節ごとに病害虫の発生状況を調査して、多いか、少ないかを判定し、気象予測から、今後の病害虫の発生の多少を予測する業務です。そのために、発生予察会議という会議を年8回実施して、議論します。水稲が生育している時期はほぼ毎月実施しますが、それ以外は状況に合わせて、実施しています。その会議前には現在の発生状況を調査してデータを集める必要があります。ただ、日本海側から太平洋側の淡路まで広い兵庫県下の病害虫の発生データを10人でタイムリーに集めることは難しいです。そのため、県下各地で約50人の病害虫防除員に病害虫を調査してもらい、発生状況を報告いただく仕組みがあります。

9時前になると、出張していない職員は出勤してそろいます。それぞれ電子メールや書類等をチェックすると、実験室に向かいます。しかし、今日は出張していない虫害担当の職員3人はヒメトビウンカを捕獲するため、出発の準備をしています。捕獲されたウンカについて、イネ縞葉枯病ウィルスの保毒率を地区ごとに調べて公表しています。水稲の縞葉枯病は近年増えてきた重要な病害ですが、そのウィルスを保毒したヒメトビウンカは主にコムギで越冬した後、次年の水稲に感染させます。この時期のヒメトビウンカの保毒虫率から次年度の水田におけるヒメトビウンカの保毒虫率が推測できるのです。

左:写真1 ヒメトビウンカ雌成虫、右:写真2 再生稲(ひこばえ)の発病株

M氏は昼前になってブツブツ独り言を言いながら事務所に入ってきました。ばか苗病の薬剤感受性検定のため朝から実験室にこもっていたようです。何百という培地の入ったシャーレにばか苗病菌を培養し、薬剤を加えてその効果を調べます。農薬に対する病害虫の感受性を検定することも病害虫防除所の重要な仕事の一つです。病害虫の薬剤抵抗性や耐性は大きな被害や問題に繋がることが多いので、注目されることの多い仕事と言えるでしょう。

写真3 ばか苗病に対する薬剤の生物検定の一例

15時30分、U氏は専門技術員と一緒に、事務所に入ってきました。病害虫の診断依頼でしょうか。病害虫の診断も防除所の重要な仕事となっています。通常、農業改良普及センターから病害虫担当などの専門技術員に相談があり、そこで解決できない診断が防除所に依頼されます。当然、防除所に依頼される病害虫診断は時間がかかる場合が多く、大変な業務です。病害担当のU氏ということは病害の診断でしょうか。いや、病害診断と判断するのはまだ早いでしょう。まず聞き取りにより、他の障害の可能性を一つ一つつぶすことから始まります。障害の診断は植物相手であり、時間との勝負となります。今日はなかなか終わらないでしょう。

17時30分過ぎ、ヒメトビウンカを採取に行っていた職員たちが次々と帰ってきました。表情が冴えません。聞いてみると、あまりヒメトビウンカが捕獲できなかったようです。今年はトビイロウンカが多発し、警報まで出しましたが、坪枯れが多く発生しました。ヒメトビウンカよりもトビイロウンカがたくさん捕まると、見分けることに非常に時間がかかるため、今年は例年より遅いこの時期に調査を行ったそうです。全てが順調にいくとは限りません。また改めてヒメトビウンカを捕獲しに行くことになりそうです。

18時50分、淡路に調査に行っていた職員が帰ってきました。夕方暗くなると調査できないので、17時に切り上げて帰ってきたようです。疲れていると思いますが、この後、病害診断に合流すると思われます。

病害虫防除所の1日は、もちろん季節によっても、年によっても大きく変わりますので、なかなかルーチンではできません。しかも、どの仕事も急ぐ必要があるものばかりです。職員はさらに研究業務も加わり、日々大変忙しいのですが、兵庫県の農業生産に役立つ仕事として誇りをもってガンバっています。