~海の栄養塩~
兵庫県の漁業は、ノリ養殖業や漁船漁業の生産量の減少が1995年頃から顕著となっており、この減少の原因の一つとして、海の栄養塩濃度の低下が注目されています。今回は、この栄養塩濃度の低下についてお話しします。
1 漁業生産と栄養塩濃度
兵庫県の漁業が抱えている大きな問題は、漁船漁業における漁獲量の低迷と、養殖ノリの色落ち問題です。漁船漁業の漁獲量は約4万トンですが、最盛期である昭和40年代前半の6割程度にまで低下しています。また、養殖ノリの生産量も約13億枚で、最盛期である平成元年代後半の約7割に減少しており、これらの漁業生産量の推移を見ると、共に1995年頃からの落ち込みが著しく、漁業経営は厳しい状況に追い込まれています。
養殖ノリの色落ちは、冬季に大量発生する大型珪藻プランクトンが栄養塩を大量に取り込むことによって、ノリ漁場の栄養塩が枯渇することが直接的な原因ですが、その背景には長期的な栄養塩濃度の低下傾向があると考えられています。
また、漁船漁業における漁獲量の減少要因は明らかにされていませんが、漁船数などの生産基盤に急激な変化が見られないことを考慮すると、水産資源そのものが減少していると推察されます。
このような漁獲量の減少傾向は広範な魚種で見られるため、この現象には普遍的な要因が関与している可能性が高く、ノリの色落ち現象と同様に、この減少の要因として、海の栄養度の低下が最も疑われており、漁業者は、その対策が講じられることを期待しています。
2 栄養塩濃度の低下
昭和40年代の高度経済成長時代には、産業排水や生活排水の流入によって海域が富栄養化した結果、有害プランクトンによる赤潮によって養殖漁業が大被害を受けたため、水質汚濁防止法や瀬戸内海環境保全臨時措置法に基づいて排水規制が始まりました。
その結果、現在では水質環境が改善されましたが、依然として、赤潮が散発的に発生して漁業に被害を与えるとともに、今では、海域における栄養塩濃度の低下が、養殖ノリの色落ちを引き起こしたり、漁獲量の減少の原因であると疑われる時代になっています。
窒素濃度の長期変動を見ると、1980年代には、播磨灘の表層で5~8μmol/?程度であった窒素濃度の値が、近年は3μmol/?程度の値を示しており、明らかに濃度が低下しています。
当センターでは、平成21年度から、大阪湾・播磨灘における栄養塩の挙動を解明する研究に着手したところであり、海域の低栄養塩化と漁業生産の関係や、漁業にとって望ましい栄養塩レベルを維持するための手法について検討する予定です。
3 モニタリング調査
海洋環境を監視するために、播磨灘、大阪湾、紀伊水道に合計約40地点の調査ポイントが設定されており、調査船「新ひょうご」で水温や塩分等を現場で測定するとともに、大量の海水サンプルを実験室に持ち帰っています。海水サンプルは、栄養塩を始め、クロロフィル量、pH、濁度等が測定され、得られたデータを統計処理してから、漁場環境情報として迅速に漁業者に提供しています。
特に、冬季のノリ養殖時期には10日間に1回の頻度で環境調査を実施することによって、栄養塩濃度の分布や、大型珪藻プランクトンの増殖状況に関する情報を漁業者に発信しており、漁業者がこの情報を活用することによって、ノリの色落ち被害の軽減に努めています。
栄養塩濃度の測定には、栄養塩自動分析装置(オートアナライザー)を導入することによって、手分析では数日を要する測定が半日で終わることが可能となっているため、調査終了後に迅速な情報提供できる体制が整備されています。
4 栄養塩自動分析装置
この装置は、少量の海水サンプルを細いチューブの中を流しながら、薬品で発色させてから比色計で栄養塩の濃度を測定する装置であり、アンモニア、亜硝酸、硝酸、リン酸、ケイ酸の濃度を同時に測定することによって、短時間で大量のサンプルの栄養塩濃度を測定することが可能となっています。
この装置は、栄養塩濃度の測定が開始された昭和47年から導入され、昭和61年度に更新された後、現在まで21年もの間使用されたため老朽化が進行し、電気系統の不良によって頻繁に停止する等のトラブルが発生しておりましたが、本年3月の故障によって機能不全になりました。
メーカーによる懸命の作業によって、一部の機能が回復しましたが、既に製造停止となった部品も多く、これ以上の機能回復が困難となったため、現在、サンプルは凍結保存されています。
私たちは、9月から始まる平成21年度のノリ養殖の季節を前に、途方に暮れていましたが、国の「経済危機対策」による5月補正予算によって、この装置を更新することが出来るようになり、担当者は胸をなで下ろしています。
この紙面をお借りして、予算を確保して頂いた関係者の皆様に深く感謝いたしますとともに、今後も、漁場の栄養塩濃度の監視に努め、兵庫県の漁業の発展に貢献していく所存です。