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センター雑感

当センターの各部署が順に担当して、季節の風景や出来事など様々な話題を紹介します。
今月は農業技術センター 農産園芸部 研究主幹 廣瀬敏晴が担当します。

順調に生育していた水田の一部が収穫直前に丸く枯れ始め(図1)、次第に広がってついには全面が枯れてしまうことがあります。枯れた部分の周辺のイネの株元を見ると小さな虫が多数寄生しているのが見えます。これはトビイロウンカ(図2)という虫による被害です。同様に稲を加害するウンカにはほかにセジロウンカがいますが、セジロウンカはトビイロウンカと異なり生育期に発生が多くなるものの、出穂期以降は急速に密度が低下しますので収穫期にイネを枯死させることはまずありません。

   
左:図1 トビイロウンカによる被害(坪枯れ)、右:図2 トビイロウンカ幼虫と成虫

トビイロウンカとセジロウンカは今も昔もイネの重要害虫であり、過去にも大発生してその時代の世相に大きな影響を与えたことがあります。たとえば、徳川吉宗の享保の改革の原因となった享保の大飢饉はトビイロウンカ・セジロウンカの大発生によってもたらされたものですし、太平洋戦争勃発前年の昭和15年にも大発生し、今日の発生予察事業が始められる直接のきっかけとなりました。

トビイロウンカ、セジロウンカは毎年6、7月頃、突然、水田に現れ、冬にはいなくなります。両種が冬をどこで過ごしているかを巡って、かつて国内越冬説と海外飛来説とが対立していましたが、現在では下層ジェット気流(梅雨前線の南側を中国南部から西日本へ吹き抜ける強風)によって中国南部から運ばれてくると考えられています。

トビイロウンカの被害を防止するためにはトビイロウンカの飛来時期と飛来量を把握することが重要であり、予察灯による調査は非常に有効な方法です。ただし、予察灯にはトビイロウンカ以外にもイネを食害しないニセトビイロウンカとトビイロウンカモドキという非常にまぎらわしい2種がおり、慣れない調査者は混同しないよう気をつけなければなりません。また、予察灯ではどの地域の密度が高いのかが分かりませんので各地域でほ場の巡回調査を行う必要があります。巡回調査ではウンカの種類ごとに若齢、中齢、老齢、成虫の雌雄に分けて計数しますが、粘着紙上に叩き落とした虫はあらゆる格好でくっついており、針の先ほどの極めて小さい若齢の種類を見分けるには非常な熟練を要します。

トビイロウンカ、セジロウンカは毎年、帰る当てのない旅を繰り返しているように見えますが、これは決して無駄なことではなく、将来、地球温暖化によってイネが冬に枯死しない地域が少しでも広がれば、すぐにでもその場所に定着出来るようにするための極めて有効な先行投資のように思えます。