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センター雑感

当センターの各部署が順に担当して、季節の風景や出来事など様々な話題を紹介します。
今月は 水産技術センター 資源部 研究主幹 五利江 重昭が担当します。

漁獲統計のはなし
-魚の標準和名と通称名(チャリ子・カスゴ・ハッサク・・・)-

水産技術センターの業務に、漁獲統計資料の収集・集積・保存(データベース化)があります。これはとっても地味な作業なのですが、半面極めて重要な業務の一つでもあります。なぜなら、漁獲統計資料は水産技術センターの調査研究の基礎資料であると同時に、全ての水産関連施策を立案・実施するにあたっての根本資料となるものだからです。地域ごとに獲れる魚の種類や量によって、兵庫県として力を注ぐべき魚種・漁法を判断することができます。近年、研究の見た目や短期間に出る成果が重要視され、地道な業務の重要性があまり理解されていないのは残念でなりません。

さて、この漁獲統計資料というのは月別魚種別漁獲量を指すことが多いのですが、これが結構くせ者で、統計資料を使えるデータとして収集・集積・保存していく場合には注意が必要です。

私たちは、いわゆる標準和名で魚種を区別しています。標準和名というのは、特定の魚を指す固有名詞のことです。例えばマダイという標準和名を持つ魚は、ただ一種の魚を指し、全国どこへ行っても同じ魚を表す・・・はずです。普段は通称名が使われることが多く、兵庫県で「タイ」といえば、マダイを指すと考えていいでしょう。「タイ」という通称名がマダイを指すことが暗黙の了解となっているわけですね。ところが「タイ」という魚は日本中どこへ行ってもマダイのことでしょうか?ひょっとするとクロダイかも、はたまたチダイかもしれません。マダイという魚は一種類しかいませんが、タイとなるといっぱいいるわけで、その地域で多くとれる「〇〇ダイ」と呼ばれている魚を指す傾向があります。統計資料に「タイ」と書いてあったので、マダイのことだと思い込んでいたら、実はそうじゃなかった・・・ということもあり得るわけです。

通常、漁業協同組合(漁協)から上がってくる漁獲統計資料には、標準和名で書いてあることはまれで、たいていの場合その地域(海域)の通称名になっていることがほとんどです。「その地域の通称名に・・・」と書いたように、漁協がある地域が異なると通称名も異なります。ややこしいですね。

冒頭に書きました(チャリ子・カスゴ・ハッサク・・・)ですが、実はハッサクの後(・・・小ダイ・タイ・マダイ)と続きます。これでもうおわかりですね。これらは全てマダイを指し、大きさで呼び名が変わるんです。銘柄といっても良いでしょう。大きさとともに呼び名が変わるブリ(つばす→はまち→めじろ→ブリ)やボラ(いな→ボラ→とど)のような出世魚みたいですが、マダイのことを出世魚と呼ぶのは聞いたことがありません。そして、ハッサクという銘柄は紀伊水道だけに出てきて、播磨灘や大阪湾では使われていません。

   

出世魚に限らず、大きさによって呼び名が変わることや、名前から全く想像もつかない魚を表すのはよくあることで、例えばヒラメでしたら「走り口」、「コクチ」、「大口」、中には「カレイ」と書いてヒラメを指す場合もあります。びっくりポンです。ヒラメは魚食性の魚で口が大きく見えるので「大口」、なので小さいものは「コクチ(小口)」か、と想像できますが、「走り口」の由来はよくわかりません。

このほか、スゴイ・バカラ・ガンガラ・・・となると、いったい何のことかサッパリ・・・となりますね(答えは後ほど・・・)。

このほか、冬のお鍋の食材としてよく使われるカワハギですが、これも少々ややこしく、カワハギは標準和名で、通称では「丸ハギ」あるいは「丸ハゲ」と呼ばれています。これに対してウマズラハギという少し細長い種類もいて、こちらは「長ハギ」、「長ハゲ」などと呼ばれています。漁協から提出される資料ではカワハギ、ウマズラハギという標準和名で集計されていることはほとんどなく、たいていは「丸ハギ」と「長ハギ」です。ここで気をつけないといけないのは、「ハギ」あるいは「ハゲ」とだけ書いてある場合です。これが何を指すのかは漁協によって様々ですが、多くはカワハギとウマズラハギが混ざったものを指しています。こうなってくると両者の漁獲量を区別して取り扱うことはもはや不可能で、残念ですが「カワハギ類」という、ひとくくりの魚種名で集計せざるを得ません。ウマズラハギだけの漁獲量の経年変化を見ることはできないということです。残念ですね。

漁獲統計資料を収集・集積し、それを使えるデータとして保存していくには、漁協から上がってくる統計資料を良く吟味し、また統計資料に書かれている魚の名前や呼び名の変遷を記録して、どの名前がどの魚のことを指しているのか、よく注意しておかなければなりません。

さて、今整理している統計資料が、データとして意味を持ってくるのは、今から10年、20年、30年以上後のことでしょう。そのとき、私はもうここ(水産技術センター)にはいません。この漁獲統計資料を時系列データとして活用・解析するのは、今統計資料を手にしている私ではありません。今私が目にする手書きの古い統計資料は、何十年も前に、当時の担当者が今の私と同じような思いで手にしていたことでしょう。先人が保存してくれた統計資料を資源評価や資源管理に役立てると同時に、遠い将来、自分が整理した資料が時系列データとして使えるように、統計資料の精度管理をちゃんと行い、保存し、そしてそれを次の世代へ、未来へとつなげたいものです。

さて、答えはこちら・・・「スゴイ:クジメ、バカラ:イボダイ(うおぜ・しず)、ガンガラ:カサゴ)・・・いかがでしたか?