植物浄化技術について
植物浄化、というと聞き慣れない言葉かもしれませんが、ファイト・レメディエーション(植物による・修復)という英語の和訳です。これは重金属の一種であるカドミウム(Cd)など、農用地土壌にとって望ましくない成分を植物に吸収させて圃場から持ち出し、土壌を浄化する技術のことです。試験内容自体はやや特殊ですが、私にとって試験研究のあらゆる要素が入った経験でしたので紹介したいと思います。
土壌中には通常、微量のCdが含まれます。その濃度は0.3 ppm(土壌1 kgあたり0.3 mg)程度が普通ですが、鉱山周辺などでは高いことがあります。カドミウムは、許容量を超えて摂取すると腎機能等に障害が出るため、近年は使用規制が厳しくなっていますが、以前は、ニッケル-カドミウム電池やテレビのブラウン管、顔料、メッキ材料など、身近なところに多く使われていた重金属です。
現在、農作物ではコメのみにCd濃度の国内基準値(玄米、精米とも0.4 ppm以下で流通可能)が設けられています。仮に土壌中のCd濃度が高くても、すでに確立されている湛水管理や土壌pH矯正等の技術を守れば、十分にコメのCd濃度を抑えることができます。湛水管理は、出穂前後各3週間にわたって田面水を保ち、土壌の酸素濃度を低く抑える管理法で、その効果は極めて高く、土壌中のCdがイオウと結合して稲にほとんど吸収されなくなります。ただ植物浄化により土壌のCd濃度を下げれば下げるほど、Cd吸収抑制のための水稲の管理は容易になるため、その基礎的研究が国内各地で行われてきました。
現地での試験研究には、なによりも現場の理解と協力が不可欠です。Cdはイメージがよくありませんが、幸い、この植物浄化の試験では現地の問題意識も高く、栽培管理や情報提供など、多大なご協力をいただきました。Cdの植物浄化によく用いられるのは「長香穀(ちょうこうこく)」という、モミの小さな非食用米です。もともとは香り米の一種ですが、節水栽培(ほぼ畑状態)にすると土壌中のCdを多量に吸収することが明らかとなり、植物浄化に用いられるようになりました。この長香穀を栽培して、試験用の現地圃場で土壌Cd濃度を下げる実証試験に携わりました。通常、土壌肥料分野の試験は圃場や区画内の土壌条件が一定になるようにして行いますが、困ったことに土壌のCd濃度は、土壌堆積の履歴などにより、同一圃場内でも大きく異なることがあります。つまり分析用の土壌も、圃場内の同じ地点(測量により決定)から同じ方法(一定深度で垂直方向に等量)で採取しないと、植物浄化により土壌のCd濃度が下がったかどうか、評価できないのです。また深耕等により土壌表層のCd濃度が変わることもあるため、圃場管理の詳しい聞き取りも欠かせません。
長香穀の節水栽培や収穫後の扱いにもいくつか注意点があります。まず通常の「水稲」に該当しないので、除草剤等の農薬は「稲」に登録のあるものの使用が基本となります。そして稲体(地上部)が大きくなると、ロールベール等にして圃場から持ち出し、自然乾燥させたのち、焼却処分をします。Cdは金属としては沸点が約765℃と低く、高温下で揮散するため、焼却はCd回収装置のある施設で行いますが、現状ではこのような施設は多くはありません。有用な個別の技術が開発されても、工程全体のシステムが整備されていないと(または社会的に受け入れられる体制ができていないと)それを十分に活かすことができません。これはあらゆる研究に当てはまることだと思います。本試験では、稲体を事業系一般廃棄物として県外の処理施設に搬入し、焼却処分を行いました。
試験にあたっては、いくつか失敗もありました。農業改良普及センターの方から、長香穀のモミが落ちて食用イネに混じるのでは?との質問がありましたが、節水栽培では不稔になることが多く、またそれまでの県下の試験では混生事例もなかったため、まず大丈夫と答えていました。しかしあとになって、そのような事例が見つかり、(混じった長香穀は精米工程でほぼ自然に除去されていましたが)試験圃場での抜き取りを徹底しました。農林水産省のマニュアルでも、長香穀は稔実させないために糊熟期頃に刈り取る、となっており、注意が必要です。そのほか現地では、生産者の方の経験則から様々なことを教わりました。長香穀の苗箱のマット形成が不良な場合、田植機での苗の「つかみ」がわるく、欠株が出やすくなるのですが、田植機に苗をかなり多めにセットして採苗部に圧をかけると、きれいに植わりました。また植物浄化用のイネには苗が伸びやすい品種もあるのですが、そんな時にはハサミで葉刈りしてからセットしました。
以上のような試験の結果、長香穀等を用いた植物浄化により、10 aの圃場から一年あたり30 g前後のCdを持ち出せることが分かりました。Cdの比重(一定体積あたりの重さ)は10円玉(一枚4.5 g)の比重とほぼ同じなのですが、一年間に10円玉7枚分程度の重さと嵩のCdが10 aの圃場から除去できることが分かりました。これは圃場の表層15 cmの土量を150 t/10aと仮定すると、土壌Cd濃度を0.2 ppm程度、下げることができる吸収量です。通常、植物浄化の効果が得られるには最低3年(浄化用稲3作)程度かかるとされていますが、その間、通常の稲作は行えないため、実用化には行政的な支援も不可欠です。
このように本試験では、基礎に徹した試料採取、現地との連携、十分な聞き取り、現場の経験則や助言の反映、一般的な農作物と異なる取り扱いなど、あらゆる要素の組み立てにより、最終的に植物浄化のマニュアルを作成することができました。ただしこれは糸口にすぎず、この技術が大面積で実用化されるには、さらに工程全体の整備や行政的な支援が必要と思われます。本試験結果がいつか、農用地の浄化の推進に役立つことを願っています。