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私の試験研究

当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。
今月は水産技術センター 上席研究員 西川 哲也が担当します。

イカナゴの夏眠調査

 イカナゴは「くぎ煮」として親しまれており、兵庫県に春を告げる魚として本県水産業にとって重要な漁獲対象種です。
 イカナゴは、英語名がsand lance、直訳すると砂槍という名前の通り、上手に砂の中に潜ることができます。冷水を好むイカナゴは、水温の高い時期に砂の中に潜って「夏眠」をするたいへんユニークな生態を持っています。瀬戸内海では、水温が20℃近くまで上昇する7月上旬頃から12月にかけて、1年の半分近くを海底の砂の中で夏眠しています(図1)。この半年弱に及ぶ夏眠期間中、イカナゴは餌を食べないこと、夏眠明け直後の12月下旬に成熟して産卵することが知られています。そのため、イカナゴは夏を乗り切り、夏眠明け直後の産卵に備えるため、夏眠までにできるだけたくさんの餌を食べ、体内に栄養を蓄える必要があります。イカナゴが体内にどれだけの栄養を蓄えることができたか数値化する方法として、肥満度(=体重 (g)÷体長^3(mm)×10^6)が使われています。ここでは、イカナゴの肥満度に着目した夏眠期の調査結果を紹介します。

   

 調査は、瀬戸内海東部海域でイカナゴの夏眠場として最も大きく重要な播磨灘の鹿ノ瀬において実施しました(図2)。海底の砂の中で夏眠しているイカナゴは、スマルと呼ばれる引っかけ針を使って、文鎮こぎと呼ばれる漁法で採集し(図3)、1尾ずつ体長と体重を測定することによって各個体の肥満度を算出しました。

   

 2008~2017年の調査結果から、7月下旬に採集したイカナゴの肥満度は、各年の平均値が有意に低下していました(図4)。伊勢湾での先行研究から、イカナゴは肥満度が4.2以下の状態で夏眠すると、夏眠明けの性成熟に影響することが報告されています。本調査から直近数年の播磨灘におけるイカナゴの肥満度は、その閾値を下回っていることが明らかとなりました。そこで、直近3か年のイカナゴ1尾当たりの産卵数を調べたところ、その産卵数は30年前に比べて約7割に低下していると推定されました。また、肥満度の低下要因について検討するため、夏眠場周辺海域においてイカナゴの餌となる動物プランクトン(カイアシ類)との関係を調べました。その結果、各年の2~6月のカイアシ類個体数の平均値は、イカナゴの肥満度と同様、経年的に減少する傾向にあり、イカナゴの肥満度との間には有意な正の相関が得られました(図5)。

   

 以上、夏眠期のイカナゴ肥満度に着目した研究から、イカナゴの肥満度が経年的に低下していること、その要因として、イカナゴの餌生物であるカイアシ類の減少が関係していることを解明しました。さらに、直近年の肥満度は、夏眠明け直後の産卵に影響が出る数値にまで低下しており、産卵数の減少という形でイカナゴの再生産に悪影響を及ぼしていることを明らかにしました。このような背景には、近年問題視されている瀬戸内海の貧栄養化が密接に関係していると考えられ、本研究から海域の貧栄養化が本県水産業にとって重要な漁獲対象種に対して具体的にどのように関与しているのか、科学的に立証した成果を得ることができました。