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私の試験研究

当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。
今月は農業技術センター 環境・病害虫部 主任研究員 田中雅也が担当します。

飛ばないテントウムシを使った害虫防除 ~“虫”を使って“虫”を制する!!~

テントウムシは愛嬌があり、人気の高い虫です。枝の先など高いところに登ると、すぐに翅(はね)を広げて太陽(オテントサマ)に向かって飛んでいくため、テントウムシと呼ばれるようになったといわれています。そのくらいよく飛ぶ虫です。テントウムシが農業害虫のアブラムシを食べることはよく知られています。多くの研究者が化学農薬の替わりにテントウムシを利用してアブラムシを防除しようと試みましたが、すぐに飛んで畑からいなくなってしまい失敗に終わりました。

そこで、登場したのが今回の主役、「飛ばないテントウムシ」です。体の大きい人や小さい人、走るのが速い人や遅い人など、人間に個性があるように、虫たちにも個性があります。テントウムシの世界でも、飛ぶのが上手なテントウムシ、苦手なテントウムシがいます。そこに目を付けたある研究者は、飛ぶのが苦手なテントウムシ同士を交尾させてみました。すると、生まれてくる子供も飛ぶのが苦手なテントウムシでした。飛ぶ能力が低いテントウムシ同士の交配を何回も何回も繰り返すことで、「飛ばないテントウムシ」が誕生しました。

   
   

イチゴ栽培においても害虫のアブラムシが大量に発生し、生産者を悩ませています。化学農薬を使えば防除できるのですが、化学農薬だけに頼ってしまうと、

  1. 農薬散布は重労働で、かつ散布する生産者の健康被害が懸念される。
  2. イチゴの栽培では、授粉するのにミツバチの力を借りている。ミツバチに影響のある化学農薬は使えない。
  3. イチゴは果実をそのまま食べるので、農薬の使用をなるべく控えたい。
  4. 農薬を使い続けると、害虫がその農薬に強くなってしまい、効果が低くなるおそれがある。

といった弊害があります。

そこで、化学農薬の代わりにこの「飛ばないテントウムシ」に活躍してもらうことで、イチゴ栽培におけるアブラムシを防除するための試験に取り組んだので紹介します。

アブラムシを抑える能力を調べるために、飛ばないテントウムシの成虫や幼虫をイチゴ栽培ハウスに放したところ、期待どおりの高いアブラムシ防除効果が確認されました(図1)。

   

イチゴ栽培ハウスに放したテントウムシ成虫の数は少しずつ減りましたが、卵を産むことで、幼虫が出現しました。幼虫はやがて蛹(さなぎ)になり、次世代の成虫が出現することで成虫の数が再び増えました(図2)。イチゴ栽培ハウスにおける飛ばないテントウムシの世代交代が確認され、アブラムシ防除効果が持続することがわかりました。

   

飛ばないテントウムシを害虫防除に使うときに、いろいろと注意が必要なこともわかりました。例えば、殺菌剤など飛ばないテントウムシに殺虫効果がない農薬を散布しても、びっくりしたテントウムシがマルチ上に背中から落下し、濡れたマルチとテントウムシの翅がひっついて身動きが取れなくなり、一部のテントウムシはそのまま死んでしまうということが明らかになりました(写真)。こういった農薬散布による間接的な天敵昆虫への影響については、ほとんど考えられてきませんでした。飛ばないテントウムシに限らず、天敵利用場面においてこのような間接的な悪影響を考慮することで、天敵の効果が安定することがわかりました。なお、マルチ上に敷きワラをすることで、テントウムシの脚(あし)にワラがひっかかり、簡単に起きあがれるので、こういった影響を軽減することができます。

   

この他、効果の高い放飼時期(放飼適期)や放飼方法などイチゴ栽培ハウスで飛ばないテントウムシを利用するための基本的な使用方法を確立しました。これらの基礎技術に加え、栽培ハウスにネットを張ってアブラムシの侵入を防ぐなど、飛ばないテントウムシの活動をサポートする技術を組み入れることで、飛ばないテントウムシはイチゴ栽培で問題となるアブラムシを安定して防除できます。国や他府県の研究機関の試験結果から、飛ばないテントウムシはナス、シシトウ、キュウリ、コマツナ、ミズナなどのアブラムシにも有効であることが確認されています。現在、生物農薬として登録する準備がされており、小さなテントウムシの今後の活躍に期待しています。

害虫は農業生産において「憎むべき敵」ですが、同じ地球上に生きている仲間とも言えます。「生物多様性」がもてはやされていますが、人間にとって都合の良い生物だけが存在する世界をはたして「多様性がある」と言うことができるでしょうか。嫌われ者の害虫ですが、化学殺虫剤で一方的に排除するのではなく、彼らの習性を研究し、利用することで被害を抑えることは可能であると思います。今回は、自然生態系の中の食物連鎖、すなわち「食う-食われる」の関係を利用し、アブラムシの天敵であるテントウムシの力を借りて害虫を抑える方法について紹介しました。これからも、害虫とうまくつき合う方法をさがし、安定した農業生産が続けられるような研究開発に取り組んでいきたいと思います。