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私の試験研究

当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。
今月は水産技術センター 資源部 主席研究員 宮原 一隆が担当します。

瀬戸内海の赤潮

瀬戸内海の各府県の水産関係試験研究機関では、漁業被害の未然防止や被害の軽減を目的とした沿岸海域での「赤潮調査」を担当しています。

瀬戸内海の赤潮発生件数は1970年以降年々増加し、ピーク時の1976年には年間約300件もの発生がありました(図1)。発生件数の増加は、高度経済成長以降の汚濁負荷量(窒素、リン等の栄養塩類)の増大、いわゆる「富栄養化」が主な要因とされ、魚介類の養殖業に甚大な被害を及ぼすなど様々な問題を引き起こしました。その後、これらの問題に対処することを目的に、法律の制定やCODなどの総量削減が進められ、かつての著しい水質汚濁は改善されてきました。赤潮の発生件数は1976年以降減少に転じ、1980年代前半までは年間約150件、1990年代には年間約100件前後へと減少しました。

1990年代以降も、継続的な流入汚濁負荷量の削減等、富栄養化対策に向けた施策は続いていますが、赤潮の発生件数はほぼ横ばいとなっており、今も年間100件前後の赤潮が発生し続けています。このことは、近年の瀬戸内海では、富栄養化対策とは直結しない「別の諸要因」が発生件数を増加させるベクトルとして作用していることを示唆しています。

   
図1:瀬戸内海の赤潮発生件数と負荷量削減関連施策の実施状況

赤潮発生件数が依然として減らないひとつの理由として、水温や栄養塩類等、海洋環境の変動を起因とする生態系の変化が考えられます。植物プランクトンの増殖には種毎に好適な温度帯や栄養塩環境が存在し、一般に、好適帯付近で増殖速度が増加します。例えば、近年、瀬戸内海の水温は上昇傾向にあり、赤潮発生に適した時期が早期化したり、長期化したりする例が観察されています(瀬戸内海のシャットネラ赤潮等、図2)。

   
図2:瀬戸内海におけるシャットネラ赤潮の月別発生件数 (「瀬戸内海の赤潮」より作成)

また、赤潮構成種の多様化も理由に挙げられます。高水温化との相互作用や経済活動に伴う移入等の影響により、過去には出現しなかった新奇種による赤潮が増加しています。さらには、海域の栄養塩濃度の低下や、栄養塩構成比の変化が契機となり、以前よりも、より貧栄養な環境に適応した種や、有機態の窒素・リンを利用できる種が卓越し、赤潮として報告される事例もあります。富栄養化した海域では特に問題とならなかった珪藻類の大量発生が、今では、毎冬のようにノリの養殖に必要な栄養塩を「横取り」してしまい、「珪藻赤潮」として兵庫県海域でも大きな社会的問題となっています(図3)。

   
図3:兵庫県海域で冬季に大量発生する珪藻類 ユーカンピア ゾディアクス(顕微鏡写真)

他にも、動物プランクトンや魚介類からの捕食圧の低下や、潮汐(潮流や潮位)の長期変動による海水交換率の低下等が、赤潮の発生に関係していることを指摘する研究者もいます。技術的な面では、近年では赤潮調査に遺伝子解析や衛星画像による監視等も導入されており、調査技術が高度化していることも無関係ではないでしょう。技術の進歩により赤潮の監視体制は年々強化されており、小規模な赤潮の発生も監視の対象となりつつあります。

最後に、「発生件数」が減少しない一方で、「赤潮の発生規模」は明確に縮小傾向にあることを指摘しておきたいと思います。近年、瀬戸内海の海水中の栄養塩が激減し、生物生産力・漁業生産力の低下が顕在化しています。赤潮対策の目的が「漁業被害の未然防止と軽減」にあることを改めて確認するとともに、今後は、赤潮発生だけではなく、赤潮生物をめぐる栄養塩の循環過程をも念頭においた「総合的な監視調査」が一層重要になってくると思われます。