重金属、備えあれば憂いなし
農作物は土壌から養分を吸収し、食料として人間に栄養分を供給しています。しかし、土壌中には人間の健康に有害な物質もあり、養分とともに吸収してしまいます。その影響を防ぐため、農産物ごとに有害物質の最大許容濃度の基準値が設定されています。この基準値は、国連の関連機関であるコーデックス委員会で設定されます。国内ではコーデックス基準に準拠して食品衛生法で基準値が定められています。基準値を超えた場合は食品として流通できません。例えば、重金属のカドミウムについては、国内基準は玄米及び精米に設定されていて0.4ppm以下です。この基準値を超えないための対策技術は既に確立されており、湛水管理という方法が一番有効です。これは、水田で出穂前後3週間、水を溜めた状態で栽培する方法で、土壌が酸素の少ない還元状態になり、カドミウムが水に溶けなくなって吸収されなくなります。また、土壌をアルカリ性にするとカドミウムが溶けにくくなって吸収されにくくなります。
なお、コーデックス基準は現在、米以外でも小麦、豆類、野菜類等にも設定されていますが、国内基準はまだ設定されていません。しかし、将来設定されたときには、基準値以下の農産物を生産できる対策技術を確立しておく必要があります。また、基準値が設定されていなくても、出来る限り農作物中のカドミウム濃度を下げることは、食品のさらなる安全安心につながります。
ここでは、小麦のカドミウム濃度を下げる方法について当センターで調査・試験を行った結果を紹介します。土壌カドミウム濃度のレベルに応じて対策は違ってきます。0.1M塩酸抽出法で0.3ppm未満を通常レベル、0.3ppm~0.7ppm未満を低濃度、0.7ppm~1.5ppm未満を中程度濃度、1.5ppm以上を高濃度に区分しました。なお、以下の試験は、「生産・流通・加工工程における体系的な危害要因の特性解明とリスク低減技術の開発 農産物におけるヒ素およびカドミウムのリスク低減技術の開発(H20-24)」の委託プロジェクト研究で実施されたものです。
1 土壌pHを生育に適した範囲に高める
小麦では、湛水管理はできませんが、炭酸苦土石灰等のアルカリ資材を施用して土壌pHを上げる方法が考えられます。土壌pHが5程度以下と低いと小麦の生育もよくありません。pHが6.5以上であれば、土壌中Cd濃度が0.7~1.5ppmと中程度の場合、子実Cd濃度に対する土壌Cd濃度の比が0.5すなわち1/2以下になることが分かりました(図1)。この場合、子実は0.35~0.75ppm以下になります(適用範囲:通常~中程度濃度地域)。
2 土づくりで堆肥を施用する
堆肥を施用することでも小麦のカドミウム吸収を抑制できます。牛ふん堆肥を施用すると、施用しない場合と比べて子実カドミウム濃度が約1/2に低下しました(図2)。堆肥成分がカドミウムを吸着して吸収を抑制していると考えられます(適用範囲:通常~低濃度地域)。
3 低吸収品種を用いる
近畿中国四国農業研究センターで開発された低吸収系統(中国165号)を用いると、シロガネコムギよりも子実カドミウム濃度が1/2に低下しました(図3)。
まだ、実用段階ではないのですが、さらに改良が加えられているところで、低吸収品種は有望な技術と考えられます(適用範囲:低~中程度濃度地域)。
4 植物で土壌を浄化する
植物浄化(ファイトレメディエーション)という方法で、カドミウムをよく吸収する作物を植えてカドミウムを吸収させ、ほ場外へ持ち出すことで土壌カドミウム濃度を低下させる技術です。長香穀というイネを用いると5作後には栽培前の約6割に低下しました(図4)。年数はかかるのですが、土壌濃度を確実に下げますので有効な技術と考えられます(適用範囲:中程度濃度地域)。
以上の対策とは、逆に注意が必要なこともあります。一つめは、実肥についてです。窒素施肥量を増やすと子実タンパク濃度が上昇するのですが、同時に子実カドミウム濃度も高まることが分かりました。二つめは、肥料の種類についてです。副成分として塩安など塩素イオンを含む肥料を施用すると子実カドミウム濃度が高まることも明らかにされています(近畿中国四国農業研究センター)。
まとめ
小麦の最適土壌pHは6~7です。低いpHだと子実Cd濃度が高まります。酸性土壌をアルカリ資材で矯正したり、堆肥を施用することが土づくりになり、安定生産につながるとともにカドミウム対策にもなるのです。
おわりに
高度な分析機器が開発されて微量分析が可能になり、医学が進歩して有害な物質が新たに分かってきています。その度に新しい基準値が設定されていく傾向にあります。また、基準値の設定は輸出入に関係するため国際間の政治・経済的な駆け引きも絡んできます。
そのため、有害物質の健康へのリスクと生産流通への影響を考えて、合理的な範囲で可能なかぎり有害物の摂取量を少なくするという考え方で基準値は設定されています。基準値を超えた農産物を食べると即危険ではなく、一生食べ続けても健康影響のないレベルですので、過剰に恐れる必要はないのです。
有害物質の問題は普段は無関心でも、新しく基準値が設定されれば大きな問題になる可能性があります。それに備えて事前に対策技術を開発し、県内農産物の安全性と安定生産を図るための研究を行っています。