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私の試験研究

当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。
今月は農業技術センター病害虫部 主任研究員 内橋 嘉一が担当します。

種子に感染したいもち病に最も効果のある種子消毒剤は?

兵庫県の水稲栽培において,いもち病は最も警戒すべき重要病害です。防除は種子消毒に加えて定植時に施薬した薬剤の効果が重要ですが、耐性菌が発生しやすく,本県では2003年にはカルプロパミドに(岩本ら,2007),2013年にはオリサストロビンに(内橋ら,2014),薬剤耐性菌が見つかり,普及後短い年数で使用が自粛されました。耐性菌発生後は効果的・効率的にいもち病を防除することが求められます。そこで、効率的に防除するために重要な種子消毒剤の防除効果を調べました。

   

Ⅰ いもち病の特徴

いもち病は種子伝染することが知られており,その一次伝染源は,罹病籾です。罹病籾は苗いもちの発生原因となるため、種子消毒の段階でその伝染環を断つことが効果的な防除につながります。

そこで,各種種子消毒の防除効果を検討しました。

   

Ⅱ 方法

試験は供試薬剤で処理した後、顕微鏡で胞子形成した籾および玄米を調査する方法と、育苗して苗いもちの発生株率をみる方法の2とおりで行いました。供試種子は兵庫県内の穂いもち多発生ほ場から採種したいもち病罹病種子を2種用い、種子消毒剤はステロール脱メチル化阻害(DMI)剤であるペフラゾエート乳剤(以下,P剤),イプコナゾール・銅水和剤(以下,I剤),及びフルジオキソニル・ペフラゾエート・銅水和剤(以下,F剤)と,ベンゾイミダゾール系薬剤のベノミル水和剤(以下,Be剤)の24時間処理としました。また、温湯消毒処理は60℃の温湯による10分間の処理を行いました。処理後の籾・玄米を濡らしたろ紙を敷いたシャーレに入れ、2~3日後に実体顕微鏡及び生物顕微鏡により検鏡し,胞子形成がみられた籾・玄米の割合と被害度を調査しました。

また、育苗試験は,前述の各種子消毒法で処理し,浸種・催芽した後にプラスチック製容器に播種し、播種31日後に鞘葉,第1葉(不完全葉),第2葉に病斑を形成した苗を苗いもちとして調査しました。

   

Ⅲ 結果

籾表面に感染したいもち病菌に対しては,いずれの消毒法でも両サンプルに対して胞子形成は認められず,高い効果がありました。

一方,玄米に感染したいもち病菌に対しては,種子浸漬後すぐに検鏡したため防除効果が低めに出た実験であることを考慮する必要があるものの,Be剤を除くすべての剤の効果が低い結果となりました。Be剤は玄米に感染したいもち病菌に高い殺菌効果を示しました。これは,Be剤が籾殻組織を経て玄米にまで到達する浸達性において優れているためと考えられます。

苗いもちの発生株率をみると,表面に感染したいもち病菌の影響を受けやすい無処理を除いた全ての処理区でサンプルAの苗いもち発生株率がBの発生株率を上回りました(表)。

サンプルAは無処理の胞子形成玄米率が7.0%、サンプルBは同3.3%であり、前者の種子消毒効果が低いのは,DMI剤の玄米に感染したいもち病菌に対する防除効果が十分でないためと考えられます。そこで,薬剤処理区の胞子形成玄米率と苗いもち発病株率の関係をみると,前者が高いほど後者が高くなる傾向がみられました。

サンプルA,Bの玄米被害度と被害程度別粒数をみると、それぞれの被害度は,9.5(サンプルA)と2.8(サンプルB)と算定されました(図)。玄米に感染したいもち病菌が苗いもちの原因の1つであり,その被害度が種子消毒の防除効果に影響を及ぼしていると推察されるため,今後,例数を増やし,玄米被害度と発病株率との関係を検証する必要があります。

以上の結果より,今回供試した種子消毒剤4剤及び温湯消毒は籾に感染したいもち病菌に対して高い消毒効果を有し,特にBe剤は玄米に感染したいもち病菌への消毒効果も優れていることが明らかになりました。

おわりに

今回の研究結果から,高度汚染種子に対する種子消毒試験では,ベノミル剤による籾殻表面や籾内部に感染したいもち病に卓効がありますが、完全ではなく、育苗時に苗いもちが発生することが分かりました。籾内部に感染するいもち病のメカニズムや薬剤の防除効果のメカニズムには不明な点が多くあり,今後解明を進める必要があります。また,卓効があるベノミル剤は耐性菌が発生しやすいベンゾイミダゾール系薬剤であるため,同剤をシーズン1回の使用にとどめ,苗いもちの発生が懸念される場合に使用場面を限定することで耐性菌の発生防止に注意を払う必要があります。

   
玄米に感染したいもち病菌
表 種子消毒剤及び温湯消毒の苗いもち等への防除効果
供試種子:2013年産罹病種子(品種:ヒノヒカリ)を用いた.
b)ブロッター法により、各区50粒の6反復を調査した.
c)育苗方法:11.0cm×17.5cmのプラスチックトレイに14.3gを播種し、グロースチャンバー内で1区あたり3反復を育苗、播種31日後に調査した.
d)発病株率:鞘葉、第1葉(不完全葉)及び第2葉に病斑を形成した苗の割合を示す.
e)剤:ペフラゾエート乳剤,I剤:イプコナゾール・銅水和剤,F剤:フルジオキソニル・ペフラゾエート・銅水和剤,Be剤:ベノミル水和剤
f)同列内の異なる英文字を付した数値間には有意差があることを示す(Tukey法による多重比較検定P<0.05)
g)同行内の同じ調査項目間に有意差があることを示す(t検定,*:P<0.05, **:P<0.01,数値が高い方にのみ付した)