害虫防除 産卵させなきゃいいんでしょ?
昆虫が好きだったのでこの仕事を選んだ。にもかかわらず殺してばかりいるのはなぜだ? そんな自己矛盾をいつも感じている。
農作物を食べる昆虫をわれわれは害虫と呼んでいる。しかし彼らは種として誕生した時から害虫だったわけではない。そもそも農耕の歴史は1万年程度。それに対して昆虫の繁栄は3億年以上も前から続いている。人が農耕を始める以前、後に害虫と呼ばれる彼らが食べていた物は野生の植物である。農作物は野生植物を改良して作られている。植物にとって防衛手段である苦みやトゲといった人にとっては好ましくない形質をとり除き、おいしさや作りやすさなどを追求することで多くの農作物が生まれた。このことは昆虫にとっても好都合だったし、さらには野生植物に替わって「栽培」されるようになったことで、これらをエサにする特定の昆虫の増殖が進んだ。考えてみればごく自然な成り行きだが、人はこれを許せない。害虫の誕生である。
かくして、人、農作物そして害虫という三角関係(図1)が出来上がり、今日までわれわれの戦いは続いている。あなたが作れば彼らはやって来る。でもそれは、汚れなき悪意というべきものである。私はできるだけ彼らを殺したくない。
ヨトウムシ類と呼ばれる害虫のグループがある。農作物を食べるのは幼虫であるイモムシの時期だけで、成虫(ガ)は加害しない。成虫が農作物に卵を産むから害虫が発生するのであって、だったら産卵させなければよいのではないか? それなら彼らを殺さなくても済むかもしれないと考えた。
ヨトウムシ類の成虫であるガは夜行性である。暗い夜に活動するための眼の仕組みがちょっとおもしろい。日中、眼の組織は色素で覆われているため黒っぽく見えるが、あたりが暗くなると色素が退いて網膜まで透き通る。少しでも多くの光を受け取るためだ。夜、部屋に飛び込んできたガの眼が光っているのを見た経験がないだろうか? あなたが見たのは眼の組織を通過して網膜まで届いた光の反射で、道路の反射板と原理的に同じ現象である。この夜間の眼の様子を「暗順応」と呼んでいて、この状態にあるガは活発に飛び回ったり産卵したりする。逆に日中は「明順応」と呼ばれる状態にあって活動しなくなる(図2)。わかりやすくいうと寝ている状態。
では、夜間活発に活動しているガを光で照らすとどうなるか? 明順応を起こし、活動性が著しく低下する(図3)。つまり意図的に交尾や産卵を抑えられる。この原理を利用したのが、黄色灯の夜間照明による防除である。もともとはナシやモモなどの果実に穴を空けるガ類成虫を対象に1960年代に開発された技術だったが、1990年代になって花や野菜を加害するヨトウムシ類に対する利用が始まった。果実の場合は成虫が直接の加害者なのに対して、花や野菜類では産卵を防いで次世代幼虫を減らすことを目的としていることが使い方として新しく、汎用性の高い技術として知られることにもなった。
ヨトウムシ類の1種であるオオタバコガ(図4)を対象にした黄色灯の利用は、おそらく私が(日本で、いや世界で?)最初に行っている。1994年の当時、オオタバコガはカーネーションの重要害虫として対策に困っていた。やっかいなのは花や蕾に潜り込む習性で、薬剤では抑えきれない。ぶっつけ本番の現地試験で不安だったが、結果は見事に防除効果が得られた(図5)。その後、黄色灯の利用は淡路島のカーネーション施設を中心に瞬く間に普及した。(図6)。全国的にも注目され、黄色灯が広く利用されるきっかけを作ったことについての自負がないわけではないが、私としてはなによりも虫を殺さずに済む手段をとれたことがうれしい。
黄色灯の話をすると、「昆虫は光に集まるのでは?」とよく質問される。たしかに、多くの昆虫は光に寄ってくる。これを走光性というが、一般に昆虫は波長360nm(ナノメータ)前後の紫外光に対して高い走光性を示す。黄色灯の波長は主として560?600nmにあってこの光に対してはほとんど走光性を示さない。それでも光として明順応を起こす作用は持っているので、効果が得られている。
もう一つ多い質問が、「黄色灯の照射にあった虫たちの運命は?」というもの。気になるらしい。黄色灯には忌避作用もあって、成虫の多くは明順応が起こる前に照射エリアから離脱しているようだ。どこで配偶者を見つけるかあるいは産卵するか、農耕地と比べて条件は厳しいだろう。こちらとしては手加減したのだから、それくらいの試練は受け入れて欲しいものである。