このテキストは、兵庫県福崎農業改良普及センターが、平成12年6月に管内の集落営農組合のために作成したものです。
1 森の石松のとっても恐ーい簿記
2 取引と天秤簿記
3 森の石松の天秤簿記が始まりました。
4 さあ、決算です。
・損益計算天秤 --> 損益計算書
・貸借対照天秤 --> 貸借対照表
6 資産の変化と貸借天秤の変化
7 仕訳における引き算処理
8 簿記・決算・申告の流れ
9 このテキスト(集落営農簿記Ⅲ)使用上の留意点
10 営農組合の経理の流れ
1年度
2年度~3年度:総会・利益処分案承認時・承認後の簿記法人税等申告時・支払時の簿記
4年度:固定資産購入・減価償却費の処理
~6年度:作物の売上原価:減価償却費の作物別配分、年度をまたがる作物の仕掛品の仕訳・生産(製造)原価報告書の作成及び損益計算書との関係
7年度:固定資産の処分:廃棄・売却・下取り
8年度~9年度:在庫処理:製品及び資材等
9年度:人格なき社団が固定資産取得にかかる国庫補助金等収入を得た場合における処理について
生産(製造)原価報告書の作成及び損益計算書との関係
11 収支計算書では営農組織の経営を正しく表すことが出来ない
12 売掛金、買掛金、未払金、未収金、前払い金、前受金
経過勘定項目及び預り金の処理について
13 在庫の評価について
14 固定資産の減価償却方法について
15 とても大切なことがら
(1)総会開催日の決定について
(2)収支予算案の作成の是非について
(3)配当は費用にはなりません(税法上)
清水の次郎長ら何人かの親分衆たちが集まり、賭場を開いて一寸儲けようという相談を始めました。しかし、賭場を開くには元手(運転資金)が要ります。また、帳簿を付ける者も必要です。そこで、元手になる金(出資金)はみんな(親分衆)から5円集めることにし、帳簿を付ける者に森の石松ということで話がまとまりました。
さて、困ったのは森の石松。帳簿の付け忘れは鞭しばき。計算間違いは小指落とし。儲からなければ島流し。元手まで損をしたときには、簀巻きにされて駿河湾の魚の餌にされるのは目に見えています。あまりの恐ろしさに夜逃げをしようかと考えたほどです。
学問も何もない石松にとって帳簿など見たこともなければ付けたこともない。
その石松が三日三晩寝ずに考えた方法は[天秤簿記]だったのです。その方法は天秤の左右に金額的に同じものを乗せて、釣り合ったところで止めるという実に単純なものでした。
なぜ石松が天秤簿記を考えたかというと、1つの取引に対して2つ以上の事実があることに気がついたからです。事例を思い浮かべると次のようになりました。
現金5円借りました。この1つの取引から2つの事実がみえました。
(1)現金5円(資産)増えました。
(2)借入金5円(負債)が増えました。
その現金で5円のお餅を買いました。
(1)5円のお餅(資産)が増えました。
(2)現金5円(資産)が減りました
パート収入5円現金でもらいました。
(1)収益が5円増えました
(2)現金5円(資産)が増えました。
このように1つの取引に対して必ず裏と表、陰と陽、-と+の二面性があらわれてきます。この事実をきっちりと漏れなく帳簿に付けないと正しい記帳決算は出来ません。
しかし、石松はこんな帳簿を付けることは大嫌いです。でもさすが森の石松です。ある時はたと思いついたのは、この取引の二面性を天秤の上で表すことでした
天秤の左側と右側に受け皿をつくり、
(1)右側受け皿は、お金を貸してくれる方ということで[貸方]
(2)左側受け皿は、お金を借りてくれる方ということで[借方]
とし、この天秤を貸借天秤と名付けました。
石松は天秤の右側を[貸方受け皿]とし、お金の出所(貸してくれる方)とその金額がわかるようにしました。
それに対して天秤の左側は[借方受け皿]とし、お金の出所に見合う現物(資産)と金額がわかるようにしました。つまり、お金を借りる方(事業を営む方)です。
その天秤は次のようなものです。
さっそく、親分衆からお金5円が集められ石松に預けられました。
石松は、総額5円の預り証を親分衆に渡しその写しをとっておきました。
すぐにその結果を貸借天秤の上に乗せてみました。
ぴったり合いました。
しかしこれだけでは賭場が開けないので、石松は越後屋から5円現金で借り入れ借用証書を渡しその写しをとっておきました。
すぐにその結果を貸借天秤の上に乗せてみました。
最初の貸借天秤と会わせると次のような天秤になりました。
この貸借天秤を下図のように表にしたものを、現代では貸借対照表(バランスシート)とよんでいます。
貸借対照表 (単位 円) | |
借方 (資金の運用状況) | 貸方 (資金の調達状況) |
現金 10 | 借入金 5 出資預り金 5 |
さて、石松は資金が用意できたので壺振り師を雇い、賭場を開くことにしました。
賭場は大成功をおさめ、さっそく壺振り師から壺振り代として5円請求され現金で支払いました。
これはどんな取引かというと、天秤の動きからみてみるとよくわかります。
(1)現金5円という資産が減って、(2)壺振り労賃という費用(領収書)が増えました。
これは、現金5円(資産)減って代わりに壺振り代(費用)が増えた様子がわかります。
さて、賭場の繁盛のせいで、所場代(テラ銭)が10円現金で入りました。
石松は、この結果を貸借天秤に乗せてみました。
このときの全ての貸借天秤をみてみると、次のようになりました。
さらに、費用収益の部分を点線のうえに持ってくると次のようになります。
さらに、この貸借天秤を費用収益の部分とそれ以外の部分とに分けて2つの天秤に移してみると次のようになりました。
A天秤は費用収益ばかり集めた天秤なので、損益計算天秤といいます。
少しテラ銭収入のほうが多いようで貸方側に傾いています。
儲かっているようですね。
バランスをとるためにも借方側に5円おもしをかけなければなりません。
B天秤は資産、負債・義務を集めた天秤なので、貸借対照天秤といいます。
少し現金等資産のほうが負債・義務より多いので、借方側に傾いています。
やはり、儲かった分実際に資産が増えているようです。
バランスをとるためにも貸方側に5円おもしをかけなければなりません。
それぞれの天秤に重しをかけると次のようになります。
重しの部分は、見てのとおり儲け(利益)となります。
A天秤は、どのようにして儲けたのかがわかります。
B天秤は、その儲かった結果が現物で表されています。
A天秤は損益計算天秤といって、収入を貸方に費用を借方にすると自動的に利益が計算される仕組みになっています。
この損益計算天秤を表にまとめたのが現代の損益計算書です。
損益計算書 (単位 円) | |
借方 | 貸方 |
壺振り費用 5 儲け(利益) 5 |
テラ銭収入 10 |
B天秤は貸借対照天秤といって、これを表にしたものが現代では貸借対照表といいます。
貸借対照表 (単位 円) | |
借方 (資金の運用状況) | 貸方 (資金の調達状況) |
現金 15 | 借入金 5 預り金 5 儲け(利益) 5 |
さて、森の石松は賭場を開いた結果がどうも5円ほど儲かっているようなので、この儲けをどうするか清水の次郎長親分に相談しました。
その結果、次のような案が出されました。
よく儲かっているのでもう少し賭場を続けてみたい。つまり、預り金(出資金)を返して解散はしないということです。
したがって、儲け5円の処分ですが
(1)3円は親分衆と山分け(配当)したい。
(2)石松は経営者としてよくがんばったので、賞与を1円やりたい。
(3)残り1円は繰越利益(内部留保金)として残し、さらに大きく儲けたい。
とする考えを、案としてまとめました。
この結果、次のような[利益処分案]がつくられ、[損益計算天秤][貸借対照天秤]とともに親分衆に提示され、全員一致で賛同を得ることができました。
利益処分案 (単位 円) 未処分利益 利益 5 処分案 親分集配当 3 役員賞与(石松) 1 4 次期繰越利益 1 |
可決されたこの利益処分案の内容は、貸借対照天秤(貸借対照表)の中で具現します。
このように儲けの処分が原案通り可決しますと、儲けは次のようになります。
しかし、この親分衆配当と役員(石松)の賞与はまだ実際に払われていません。
そこで実際に現金で払うと次のようになります。
これをみると、親分衆への配当3円と役員(石松)への賞与1円計4円を現金で支払った結果、貸借対照天秤上において現金資産が4円減り、同時に親分衆への配当支払い義務(未払い親分衆配当 3円)と役員(石松)への賞与支払い義務(未払い役員賞与 1円)が消えた様子がわかります。
最終的にこのようになります。
これを貸借対照表であらわすと次のようになります。
貸借対照表 (単位 円) | |
借方 | 貸方 |
現金 11 | 借入金 5 預り金 5 儲け(利益) 1 |
このように、経営体は出資預り金を運転資金として営業活動を続ける中で、利益を上げ、出資者に配当を行う組織といえます。
その中で経営体は、経営の安定性を高める目的とより大きな営業活動を営む目的のため内部蓄積(繰越利益等)を少しずつ増やしていくのです。