私の試験研究

 

当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。

今回は水産技術センター 上席研究員 魚住香織が担当します。

 

 現在の科学の力を使っても、海の中の生物の数を正確に知ることは、極めて困難です。海水を全部取り除いて数えるのは不可能ですし、弱肉強食の世界で生き延びている魚の数は時々刻々と変化しています。また、魚種によっては、ほぼ周年産卵しているものもいれば、イカナゴのように冬にしか産卵しないものもいます。このように、魚種によって再生産のタイミング等も異なることから、魚種毎にその資源量の推定等が実施されています。

 

 

 瀬戸内海の春の風物詩でもあるイカナゴは、その時期になると、漁の解禁日や値段が日常会話で話題にあがるなど、地元での関心の高さがうかがえます。兵庫県においては、元号が平成から令和に変わる数年前あたりからイカナゴの資源量・漁獲量が大きく減少し始めましたが、それでも全国屈指の漁獲量を誇っています。兵庫県だけでなく、全国的に漁獲量が減少しているため、その順位を保っていますが、伊勢・三河湾では2016年から禁漁措置がとられるなど、事態は深刻です。

 

 瀬戸内海のイカナゴは12月下旬から1月初旬頃が産卵期に該当し、潮通しのよい海底に卵を産み付けます。3月初旬には34cmサイズに成長して漁獲され始め、釜揚げのシンコや釘煮として食卓にあがります。7月頃には10cmサイズに成長しますが、イカナゴは冷水性魚類であるため高水温を嫌い、夏場の高水温時には夏眠します。その間は餌を食べることなく海底の砂に潜って暑さをしのいでいますが、生殖腺は発達し続け、12月に夏眠が明けると速やかに産卵します。瀬戸内海最大のイカナゴの産卵・夏眠場が、播磨灘の北東に位置する鹿ノ瀬です。そこを調査地点として、昭和の時代から当センターでは定期的にイカナゴを採集・調査していますので、蓄積してきたデータも用いて、減少要因を調べました。

 

「産卵数」とは、「産み出された卵の数」ですが、魚の個体数と同様に、海水を取り除いて数えるのは不可能ですので、産卵前のイカナゴの卵巣にある卵の数のうち、産み出されるであろう卵の数(孕卵数「ようらんすう」)を数え、約30年前のイカナゴと比較しました。同じ全長のイカナゴで比較すると孕卵数は、約3割減少しており、同じ数、同じ全長のイカナゴの親魚集団がいても、約30年前と比較すると産卵数が約3割少ないことが分かりました。

 夏眠前のイカナゴが餌(動物プランクトン)不足に起因して年々痩せてきており(肥満度の減少)、その肥満度の値が産卵の減少に影響を及ぼす数値を下回っているという先行研究の結果から、産卵数の減少は餌不足に起因していると考えられ、また産卵数の減少により、親が子を産んで個体数が増加するという再生産力が低下し、イカナゴの資源量が減少していると考えられました。

 兵庫県の漁業者は、イカナゴのシンコが翌年の親魚候補になることを考慮した資源管理を1987年漁期から実施しています。播磨灘と大阪湾で解禁日を統一し、小さいサイズで獲りすぎないよう、シンコの平均全長が以前よりも大きくなるまで解禁日を遅らせるなど、その取組は状況に応じて強化されてきました。資源状況が厳しくなった近年では、終漁日を決めるなど、さらに管理体制が強化されています。1尾あたりの産卵数はかつての7割程度と、再生産力が低下している現状を認識し、今後の産卵数の変化に注視しつつ、イカナゴ漁を持続的に続けていくには、その年々の資源量に対応した、資源管理の取組がさらに重要になってくるでしょう。そのためにも、今後より一層イカナゴ資源に関する情報を的確に提供していきたいと考えています。