当センターの各部署が順に担当して、特徴的な試験研究等の実施状況を紹介します。今回は水産技術センター 研究員 肥後翔太が担当します。

 

はじめに

 水産技術センターでは、漁場環境を継続的に把握するために、1973年から現在まで毎月1回の頻度で、播磨灘の19の同じ調査定点で浅海定線調査を実施しています。水温や塩分、透明度、栄養塩濃度などといった観測結果は「漁場環境情報」として水産技術センターのホームページで公開され、漁業者等に活用されるほか、蓄積されたデータは様々な研究や水産施策等に役立てられています。そんな浅海定線調査は、2022年で観測50年が経過しました。今回は浅海定線調査の観測50年の結果からわかる播磨灘の漁場環境について、各観測項目の表層の海域平均値と平年偏差の経年変動を紹介します。

 

水温

 水温は1980年代から1990年代にかけてと2015年代中旬以降に緩やかな上昇があり、50年間で1.46℃の上昇が確認されました(1)。気象庁の観測では、日本近海の海面水温は2022年までの100年間で1.24℃上昇したことが確認されており(気象庁2023「気候変動監視レポート2022」)、外洋から離れた播磨灘の水温は日本近海の中でも上昇率が大きいことがわかります。また、変化の大きかった年を示すジャンプ解析により、1997年に上昇ジャンプが検出されました。水温上昇の要因としては気温上昇に伴う海面水温の上昇や外洋水の影響などが考えられますが、気象庁で観測される姫路市の気温のデータで同様の解析をすると1997年に上昇ジャンプが確認され、播磨灘の水温は気温の影響を大きく受けていることがわかりました。

塩分

 塩分は2010年頃までは上下を繰り返し、一定の傾向は確認されませんでしたが、2011年に低下側へのジャンプが検出され、以降は平年値を下回ることが多くなりました(2)。塩分は河川からの淡水流入の影響を大きく受けることがわかっていますが、姫路市の月平均の降水量データでは同様の傾向がなく、降水量との関係は認められませんでした。外洋水の影響や近年の豪雨の発生頻度の増加など、塩分低下の原因究明が今後の課題になります。

透明度

 透明度は50年間で1.16 mの上昇が確認されました(3)。透明度はプランクトン等の有機物や鉱物等の無機物により変動するとされています。季節別では春季に透明度の上昇が大きく、春季の植物プランクトンのブルームが減少した可能性も考えられます。

栄養塩濃度

 溶存態無機窒素(DIN)濃度は1990年代前半に一時的に高い値を示す時期がありましたが、50年間で5.25 µMの低下が確認されました(4)。特に2000年頃に急激な低下が確認され、その後は平年値を上回ることがほとんどありませんでした。瀬戸内海では2001年に窒素が総量規制の対象となり、陸域からの窒素負荷が減少したことの影響が大きいと考えられます。一方で溶存態無機リン(PO4P)濃度は50年間で有意な低下傾向が検出されましたが、その低下率は50年で0.06 µMDIN濃度に比べて小さく、特に2000年代以降は変動が小さくなっています(5)

まとめ

 播磨灘におけるこの50年間の主要な海洋環境の変化として、水温の上昇と栄養塩濃度の低下が挙げられます。水温の上昇は漁獲対象種の変化や養殖ノリの養殖期間の短縮のほか、海洋生態系の変化により様々な海洋生物に影響を与えると考えられ、今後も注視していく必要があります。栄養塩濃度の低下は、養殖ノリの色落ちの原因となり、また海域の基礎生産が低下し漁獲量が減少することも懸念されています。兵庫県では「瀬戸内海環境保全特別措置法」の改正を受けて策定された「兵庫県栄養塩類管理計画」に基づき、2022年から民間の工場等を含めた窒素供給が本格的に開始されるなど、様々な栄養塩類管理の取組が実施されるようになりました。

 近年は漁獲量の減少が著しく、その科学的解明が求められていますが、浅海定線調査による長期に蓄積されたデータは解析を行う上での基礎となるものであり、今後も調査を継続していかなければなりません。

 

 

※本文は20243月に発行された「瀬戸内海ブロック浅海定線調査 観測50

年成果集」を一部抜粋しています。

 *肥後翔太 (2024): 兵庫県海域(播磨灘). 瀬戸内海ブロック浅海定線調査 観測50年成果集. 水産研究・教育機構水産技術研究所編, 広島, 2024; 75-91.